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数秘とカードとアロマをお供に癒し道を今日も行く、セラピストchioriのブログ


by chori-k11
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2021年の始まりはじまり〜_c0144260_06525480.jpg

明けましておめでとうございます。
2021年。
私は2月21日生まれなので、
2021年というだけで、心が弾みます。
そんな呑気なことを
言ってる場合じゃない今の状況ですが、
小さな幸せを集めて、
自分を元気にして、
2021年をいい年にしてゆきたいです。

信頼で繋がった人たちと
笑い合い、
真面目な話を本気でする、
それが私にとって一番元気になれる時間です。

今年もどうぞよろしくお願いします。

2021年1月1日
片岡ちおり


# by chori-k11 | 2021-01-01 06:55 | 年賀状


恒例の大晦日のブログです_c0144260_11083210.jpeg


今年は新型コロナ一色に世界中が染まり、その影響でブログを書く時間等はたくさんあったのに、本当に何を書いていいのかわからなくて、東日本大震災の時はあんなに発信したいことがあったのになぁなんて思いながら過ごしていました。

自分の中で何かが止まってしまい、ただただ観察をしていたような1年でした。


私は、一応スピリチュアルな観点を取り入れながらのヒーリングや願望実現セッションをしている立場からこの1年のことを振り返ると、こういう形で世の中は一度リセットされる必要があった、そういうところまで来ていたのだなぁと思います。

これからは風の時代と言われるように、、天空界ではすでに1222日に時代が変わったわけですが、現実社会はだんだんにそこに追いついていくわけで、その前には当然リセットが必要だったなと。

とても厳しいリセットでしたが、痛々しい破壊や殺戮が起きるような戦争ではなかったこと、大きな自然災害ではなかった事、世界に公平に起きたこと、国を越えての行ききが一旦止められたこと、でも、各人がスマホを持ち、情報は常に共有されたことなどは神様の心遣いなのかなと感じています。


人それぞれいろいろな影響があったと思いますが、私の周りにいる人たちはみんなたくましく、案外楽しかったとか、時間ができてよかったとか、要るものと要らないものがよくわかったとか、この1年をプラスに捉えている方たちが多くて、素晴らしいなと思っています。


私自身もプラスだったことといえば、YouTubeとズームに詳しくなりました。

YouTuberと言われるのは、ヒカキンさんとかはじめしゃちょーさんとか、そういう超有名な方しか知らなかったのですが、なんと普通の方々が普通の自分の日常を公開してたくさんのチャンネル登録者を持っておられる事かと。

そして実際に役に立つこと、ほっとさせられるものがたくさんあるんですよね。

モーニングルーティーンやキッチンリセットなどの言葉も知りました。


様々な分野のプロの方たちもたくさんの情報を無料で動画に起こしていて、本当に凄い時代がやってきてるなぁと思います。

私は必要に迫られてマスクの作り方を1つだけ動画にしましたが、その後は全然続きませんでした。

2021年はもう少し自分が発信できる事は何かなと考え、この波に乗ってみたい気持ちが40%位あります。スタートするにはちょっとした勇気と勢いが必要ですね。


あと、止まっていた感じの中で1つだけ生み出すことが出来たのは「セルフデザイン数秘」です。

自分の数秘に名前をつけようと思ったのもネットで数秘の情報はこんなにも詳しく溢れているのだと分かったからだったので、それも良かった事でした。


2021年はどんな年になっていくのでしょう。

こんなにも、そのことが誰にも分かっていないというのもなかなか興味深いです。

もちろんまだまだ新型コロナのことが続くと思います。でも少しずつワクチンができたり知恵が出てきたりして、今年のように、振り回される感じからは抜けられるのではないかと思います。

この続きはまた年が明けてから。


ほとんどめったに更新されないブログを気にしてくださりながら、今日も読んでくださった皆様、今年も本当にありがとうございました。

どうぞ良いお年をお迎えください。


2020年12月31日

ちおり


# by chori-k11 | 2020-12-31 12:00 | 大晦日に思うこと

セルフデザイン数秘誕生 オンラインレッスンスタート_c0144260_13565606.jpg


誕生してから約20年近く経つ、
ちおりのセラピールームの数秘に
「セルフデザイン数秘」と名前を付け、新たにスタートいたしました。
どうぞよろしくお願いいたします。

数秘術は、出生名と生年月日に秘められたその人の性格や才能を読み取るものですが、その情報をどう生かすかというところは使い手に委ねられています。
私は、教わったときに感動した「魂の計画書」という位置づけを大事にしてきました。
自分が今世、どんなふうに生きようと考えたのかが数秘のチャートに秘められているのならば、それを読み解き、取り入れて、自分らしい人生を創っていこうというコンセプトでやってきました。
そのためには数秘を通して先ず自分を深く理解すること、そして自分が関わる人達のことも理解すること、さらにその素晴らしさを実感したら、人にも伝え、何かのお役に立てるようになっていくこと、それが私が考える数秘の学びのステップでした。

これから迎える風の時代は、個人の個性を生かしてゆく時代と言われています。
そのためには、自分のことをよく理解していることが基本です。
数秘は簡単、且つ深く自分を知ることができ、細かすぎず、あなたはこの道と限定されるものではないので、とても風の時代に向いているのでは?と感じています。
例えば占いで、性格や出来事を細かく言い当てられると、その瞬間は「わぁ、当たってる〜」とワクワクするのですが、次にそのことが窮屈になる段階がやってきます。
数秘には窮屈さがなく、こんな感じだよ、こっちの方向だよ、とそんなにニュアンスで捉えていけるので、そこが私の性格にもあっていて、数秘と縁があったのじゃないかと思っています。
セルフデザイン数秘というネーミングは、願い実現や幸せに生きるためのコツなどをテーマにセルフデザイン講座というのをしていたので、内容的にもその講座と合体させて、「セルフデザイン数秘」と名付けました。

今度、風の時代がスタートしたこの機会に、たくさんの方々に数秘を学んでいただけるようにとオンラインレッスンを始めることにしました(対面レッスンはもちろん今まで通りあります)。
詳細はホームページの方にアップしていますので、興味のある方はご覧になってください。
こちら
また今まで私から数秘を習われた方の中で、毎日数秘のことを考えていて、人にもたくさんお伝えしてきて喜んでもらった経験があるという方がいらっしゃったら(ミッションのある方は必ずそのようなステップを踏まれていると思います)、ぜひセルフデザイン数秘の講座を開いてみませんか?
テキストはこちらで用意しています。
詳細は、お問い合わせくださった方に、
直接お話させていただきます。

それでは「セルフデザイン数秘」を
どうぞよろしくお願い致します。

# by chori-k11 | 2020-12-30 10:00 | 数秘研究


『2021年を描く9枚のカード』のお知らせ_c0144260_19052187.jpeg

恒例の『1年を描く9枚のカード』のお知らせです


皆様2020年はいかがお過ごしでしたか?

言うまでもなく、今年は1月から新型コロナの感染という大問題が起こり、

世界規模で、誰1人、私には関係がないとは言っていられない状況になった1年でした。

東京オリンピックが延期になるなど、考えてもいませんでしたし、

いろいろ新しい形に対応することも多くて、

大変でしたね。

そしてまだ大変だったと過去形できない状況です。

何とか頑張って乗り越えようとしている人達も、

寒さや感染者数の増加によって、

少し疲れが出てきている、

そんなことを周囲を見ていて感じます。

だからこそ、

今回のこのカードセッションは、

いつも以上に意味のあることと感じていますし、

そうしたいと考えています。

西洋占星術を扱う先生方からは、

地の時代から風の時代に大きく変革する時期とのメッセージが

届き続けていて、

私も自分なりに勉強しました。

これは頭に入れておかないといけない変化だと思います。

何を大切にし、どんなことを手放していけば、

新しい時代の波にスムーズに乗っていけるのか、

そういったこともセッションの中でお伝えしながら、

お一人お一人の2021年が.

希望の光が見えるものになるように、

進めていきたいと思っています。どうぞ、

・来年を描くために、

・エネルギーを活性化するために、

・久しぶりに笑うために、

ちおりのセラピールームへお越しください。


新型コロナ感染者数がまだまだ増え続けていて気になるところですが、

セッションルームは感染対策に心を配り、安全にセッションを行っておりますので、

安心してお越しいただければと思います。

リモートセッションやメールでのセッションも受け付けておりますので、

お問い合わせください。


Osho禅タロットによる

『一年を描く9枚のカード2021』開催時期 12月13日(日)~2021年3月10日頃

10001900LO

*年内は30()17時(LO)まで、年始は14()午後1時より


MENU

A .9枚カード+1年の流れを見る4枚のカード+風の時代の話+テーマを絞って1(見たい方のみ)

7000円 2時間半


B .9枚のカードのリーディングのみ

6000円90分


C .A+ボディケア(からだほぐし)40

セット料金 10000円


Aは1番オススメのものです。

Bはとにかく9枚カードのメッセージだけでOKという方のために作りました。全く現状のお話をしないということではありません。


Cについては、からだほぐしも4年目になり、人気メニューになってきました。疲れがなんとなく溜まっている今、どうぞお気軽にお試しください。



特典

今年も感謝の干支チョコレートとメッセージカードをお渡しします。


セッションのお申し込みは、

件名:9枚カード予約 お名前 希望日時(できれば第3候補まで)ご希望のコース


右上方のメール、予約フォームほか、fbメッセージ、LINEなど、何でもOKです。

こちらからの返信にご返信いただき日時を確定し、予約成立となります。


年末年始は混み合いますので、早めにご予約ください。


返信が24hない時は何か不具合が起きている可能性が大きいです。

お手数ですが、メールや予約フォーム等違う方法で再送をお願いします。



【9枚のカードセッションを受けられた方々の声】

☆10年通っています。自分の中では初もうでのような恒例行事です。

☆私は言葉をもらいに行きます。私のためだけにちおりさんに降りてきてるっぽい言葉が面白く、胸に響くので。

☆書いてもらったメッセージカードをお守りに。

☆誰にでも言えることではないことが話せる貴重な時間です。
一年に一度でも、自分のことをゆっくり話してみるのはいいものです。

☆9枚カードをした一年、しなかった一年、
一度比べてみたい(出来ないけど)。きっと違うんだろうな。

◎感想をくださった皆様、ありがとうございました◎

その他のお伝え事項
*ちおりのセラピームは女性専用サロンです。
 男性の方も、古い方やご紹介の場合は、カードのみのmenuでお受けしております
*決まったお休みは年末年始のみです。
*場所は京都 河原町丸太町より3分の辺り(予約時に詳細)
*ルームにお入りいただける時間はご予約の5分前とさせていただいています。
*キャンセルは、日時変更は無料です。当日で取り消しの場合は半額いただきます。

*このセッションは、Osho禅タロットの師より特別に伝授していただいたものを、
年々、皆さんと共に熟成させて来たちおりのセラピールームのオリジナルセッションです。
一年を自分らしく歩くための指針と方向、また、可能性を広げたり、低迷期をうまく越えるためのメッセージが示されるようプログラミングしています。


# by chori-k11 | 2020-12-11 20:00 | お知らせ

自分の中の魔物


自分の中の魔物_c0144260_15070923.jpeg

自分で命を絶つ、
ということについての続きなのですが。

何故自ら命を絶ったりするのか、
という話になった時に、
全く分からない、考えたことがない、
という人と
考えたことがある人と
くっきり二つに分かれます。

全く考えたことがない、
という人が、むしろ私には不思議で、
(おかしいというのではなく、
考えない人も居るんだなぁと)
私はよく考える方でした。
20代には、
本当に危なかったなぁと思い出す時期があります。
周りの人は誰も気づいてなかったと思います。
本当に危ないときほど、
立て直そうともしているし、
気づかれたくない思いもあります。

自ら命を絶つ、
ということだけでなく、
その代償がいかに大きいか、
想像がつくはずのことに手を出してしまい、
自分や自分の恵まれた環境を
破壊してしまうような時もあります。

これは、
自死についての分析ではなく、
私ならこういう時に起きそう、

ということに過ぎないのですが、
自分の中にいる、
コントロールのきかない魔物のようなモノに
襲われてしまった時です。

魔物が現れなければ、
自分が描いたことが、
スーッと進んでいくのに、
とよく思います。

魔物、と怖い言い方をしてしまいましたが、
似たような感じで、
とても愛情に飢えた、自身のない小さな子供、
そんな感じの時もあります。
抗いがたい感覚が似ています。

いろいろ取り組んできて、
魔物に支配されなくなったから、
何とか、いつも幸せ、
と言える自分でいられるようになったのですが、
時々、
魔物にフンと鼻で笑われたような気がするときもあって、
そんな時は、
「あーあ、なんだか疲れたな、
もういいかな、よく頑張ったよ、
このくらいでもういいでしょ」
と自分の中で言葉になる時があるんです。

その言葉にも、
もう完全に覆いつくされはしないので、
出てきたら、寝ることにしていますが。
寝る以外の紛らわし方をすると、
危ないかもしれません。

メンタルの弱さや敏感さが基礎疾患のようなもので、
そこに、魔物が現れて、
その時にもう一つ何かが起こり、
(それが他者が発したちょっとした言葉などでも)
悪い意味で絶妙なマッチングをしてしまったら、
死に至らないとは限らないな、
という気がします。

この話を読んでも、
何のことか全くわからない、
という方は、よかったです。
でも、確かに何か居る、
コントロールが効かないあいつ、
乗っ取られて、
自分自身もコントロールが効かなくなること、
と心当たりがある方は、
先ずその存在を認識して、
出てきた時には乗っ取られる前に距離を取り、
うまくかわす練習をしてほしいな、と思います。

すごく憶えがあり、
困っている方はセッションに来てください。
そのことがすごく共感でき、
なおかつ、抜けたお話が出来ると思います。
あなたの場合の抜け方を、一緒に見つけましょう。

写真 鴨川から見た中秋の名月
今日も読んでいただきありがとうございました

*セッションのお申し込みはちおりのセラピールームHPから

# by chori-k11 | 2020-10-04 20:00 | 大事なこと

分からないって辛いですね_c0144260_16153312.gif


こんにちは。
完全復活とか言っておきながら、
またまた放置してすみません。
あれから長い梅雨が始まり、
短くぎゅっと暑かった夏も越えて、
すっかり秋めいてきましたね。
散歩にはとても気持ちのよい季節で、
最近はよく歩いています。
明日からは10月。
街ゆく人の服装もガラッと変わりそうですね。

新型コロナウィルスは、まだ収束に至っていませんが、
いかがお過ごしでしたか。
とりあえず、コロナに伴う新しい生活様式には、
なんとか慣れてきた感じがありますね。

私は、緊急事態宣言が解かれて以降は、
忙しさが戻ってきて、
あっという間にまた3か月余りが過ぎていました。

5月には、
youtuberと言われる方々の動画を初めてたくさん見たり、
片づけ動画を見てはまねして片づけたり、
そんなことが出来ていたのに、
7月以降はほとんどyoutube を見ることもなくなったし、
片づけも止まったので、
それで忙しさが戻ったんだなぁ、と感じてるのです。

でも、仕事だけではないですね。
社会が動き出すと、色々することも増えます。

今年たくさんの人が味わった、
社会が止まったような時間、
あまり人と会わなかった時間、
辛さもあったけれど、
かけがえのない体験でした。

でも、先々を考えると、
不安の中にいる方も少なくないと思います。

それにしても、
三浦春馬さん、竹内結子さんの死は、
本当にショックな出来事でした。

竹内結子さんの一報があった日は、
主催する講座があり、
その話でもちきりになりました。
外側にあることで、
不幸にもならないし幸せにもならない。
全ては自分の内側にある、
といつも学んでいる講座ですが、
それでも、つい、
あんなにきれいで、
5歳年下の素敵な方と再婚したところで、
8ヶ月の赤ちゃんがいて、
今は大変かもしれないけれど、
コロナ収束の暁には、
お仕事だって待っているだろうし、
今年は、ちょうど子育てに専念できたし、
なんで?なんで?
と、下世話なところからの話が、
自然と出てきます。

本当に、自ら命を立った理由は、
分からないですね。
内側に何が起こったのか。
亡くなった本人も、
あれ?って思ってるかもしれないくらいで。

ずっと抱えていたものなのか、
ふと瞬間的に襲ってきたものなのか、
それも分からない。

身内や大事な人が亡くなった時、
それが悲惨なモノであっても、
理由が分かっているならば、
それだけでありがたいのかもしれません。

分からない、って辛いですよね。
周りの方々は、
気持ちの整理が、つけられないと思います。

とにかく、
今は本当に先が見えませんが、
この先どうなるんだろう?と
思考を不安な方に向けず、
この出来事を通して、
こんな社会に変わるといいな、
自分の生活もこんなふうに在りたいな、
と希望の方に向けて、
少しでも明るくなる材料を見つけながら、
一日一日を重ねていくしがない、
そう思って、毎日を生きています。


(読んでいただきありがとうございました)

写真 9/30 鴨川に咲いていた彼岸花



# by chori-k11 | 2020-09-30 17:00 | ある出来事

母が亡くなってから1年余りが経ちました。

毎日、母を思い出さない日はありません。

とにかく私にとって、インパクトが強かったことだけは、確かなようです。

いないことを悲しいと思わないけれど、寂しくはあります。

そして、母の言うことを聞かずに生きても、こんなに幸せになれるんだよと証明したくて生きているようなところがあったので、そこだけは負荷がなくなってしまい、この軽さがちょっとまだ慣れない感じがあります。


それにしても2020年がまさかこんな年になろうとは。

あと1年長生きしていたら、入院してもお見舞いにも行けず、あの時のようにゆっくり向き合うことができなかったのです。


東日本大震災のときには「これは終戦の時よりえらいことやな」とひとこと言った母。今生きていたらこの状況をなんていうのかな、と思います。想像しても、絶対思いつかないようなひとことだったでしょう。


令和になるのを見届けて、コロナの前に行った母。

知ってか知らずか分かりませんが、本当に最後までお見事でした。


お母さん、あなたの娘であったことは、とても大変だったけれど、

たくさんの見事な決断や、名言を側で見聞きすることができて、とても面白かったです。

孫が2歳になりました。ちょっとした仕草や、醸し出す雰囲気があなたに似ていると娘たちが言っています。確かにそうだと思います。すごく可愛くて、どんな大人になるのか楽しみです。

どうか、見守っていてあげてください。


どうぞ安らかに、とは言いません。

あの世でも刺激的な人であり続けてください。




長い長い個人的な話を読んで下さって、本当にありがとうございました。



# by chori-k11 | 2020-09-30 04:00 | ある出来事

2019724日、その日は長かった梅雨が一転して、真っ青な夏空が広がった日でした。


私は予約がなく、ゆっくり過ごしていた時に、病院からの知らせが来ました。電話をもらった時には既に亡くなっていて、午後2時ごろでしたが、皆さんをバタバタさせることもなく、母は平日の病院が活気づいている時間に、6人部屋のベッドの上で、人知れず息を引き取りました


全く母らしい最期でした。


私は11月のがガン告知に始まって、実家の片付けもして、時間をかけて母との別れに向き合うことができ、何一つ想い残す事がありませんでした。

父との別れが21歳で、経過もあまりに突然だったので、この事は本当にありがたいことでした。


そのあとの事は、母がしっかりと指示をしていてくれたおかげで、とてもスムーズに何もかもが運び、私と兄と孫たちも集まり、とてもアットホームで穏やかな葬儀ができました。

お通夜は私1人で付き添ったのですが、面白かったのが、何かちょっとした失敗のようなことをするたびに(ものを落として音を出す位のことです)、母の顔をさっと見る私がいる。そして、あぁもう死んでるんだ、怒られないんだ、と何度も思ったことでした。


戒名は、普通なら本人の名前の一文字を入れることが多いと思うのですが、母につけられた戒名は至信(ししん)。私の話を聞いて、とにかく自分の信念を貫かれた方だと思ったから、だそうです。私はお坊さんにも、こんな人だったんです!とたくさん話をしてしまったようです。


親戚と、親しくしてくださっていた方々には、母の写真入りのカードを作って、その障害を簡単に記し、亡くなったことをお知らせしました。ここまでしなくていいのに。嫌いやったん違うの?と気遣ってくれる友人もいましたが、それが私の生き方、なのだと思います。

知らせを受け取って、電話を下さる方、手紙を下さる方などがいらっしゃり、すべての方が心から母に感謝しておられ、号泣されている方も居られて、少々複雑な思いもありますが、きちんとお知らせできて良かったという思いでした。


つづく



# by chori-k11 | 2020-09-30 03:00 | ある出来事

入院当初は、熱があっても元気で、早く帰りたいと騒いでいましたが、インフルエンザにかかった後は精気をなくしてしまい、一切の要求を口にしなくなりました。


母は入院する少し前に、私はもうそんなに長くはないと言い出し、葬儀はしないでいい、したければ家族だけでしてもいい、お墓に入れるところまではきっちりしてほしい、法事も仏壇もどうでもいいと、話し出しました。急にすごい話をしだしたので、ちょっと待って、とスマホに録音をしながら聞きました。すべて事務的で、家族や自分の人生に対する想いのこもった言葉などは何もありませんでした。


思えばそれが、母と交わしたしっかりとした最後の会話でした。その時の会話は、スマホの中に今もあります。


私は母がどうしても帰りたいと言えば、実家で医療介護をすることも考え、医療ベッドを入れるスペースを作るために、ひたすら実家を片付けました。

片付けを手伝ってあげるからスペースを開けましょう、と言ったケアマネさんは、実際にお願いすると、退院が決まらないと私は動けない、と断られました。いろいろなルールがあるものです。でも、ケアマネさんの一言がなければ、実家を片付けるスイッチなど入るわけもなかったので、今から思うと、これも本当に守られた出来事でした。

片付けながら、その無茶苦茶な家の様子に、一体いつからこんなに大変な暮らしをしていたのだろうと悲しくなりましたが、それが大変だとか、汚いだとか認知しなくなるのも認知症の症状の1つだと知りました。

とてもマメに片付ける人だったので、確かにそうでなければこうはならないなと思いました。


母は何でも出来た人でしたが、歌が下手であることだけが劣等感、と言うのを感じていました。家を片付けたとき、何よりもカラオケのCDや自筆の歌詞カードが大量に見つかり、最後まで、その劣等感に対して努力をしていたんだなぁと感心しました。そして、きっと歌が好きだったんだなぁと。


仕事をしながら実家を片付けるのはなかなか大変なことで、3月いっぱいかかりましたが、

なんとか形がついた頃には、母はもう帰ってくる事はない状況になっていました。

病院も、長期療養型の病院に転院が決まりました。


転院することに、もう抗う事はありませんでしたが、転院先の病院に落ち着いた時、「私はここで死ぬんやね」と言いました。「何言ってんの」とぎこちなく応えたことを覚えています。


あれはどこまで正気で言っていたのか分かりませんが、「何度もあの世から船でお迎えが来るのだけれど、なかなかうまく乗れないのよ。今度来た時にはきっとうまく乗るわ。いいかげんにせんと怒られる」と。それはすごく情景が思い浮かぶ感じの話で、リフトのようにやってくるんだなぁと思いました。


一度だけ、どうしても家に帰りたいと騒ぎ、本当に困ったことがありましたが、もしかして、と「家に帰りたいって、その家はどこにある家?」と聞くと「平群に決まってるでしょ」と答えました。やっぱり。平群(へぐり)とは母の奈良の実家のことです。「平群にはね、もう誰もいないしおうちもないよ」と言うと納得しました。この頃には母との対応の仕方も上手くなっていました。


それからは、食べなくなり、眠る時間が増えましたが、私が行くと、なんとなくわかってはいて、話はしませんが、帰るときにはいつも手を合わせてくれました。


ガンの症状は何も出ておらず、治療もなく、水分だけが補給されて、病気というよりは老衰という感じでした。


余命宣告をされた7月になっても、同じような状況が続いていたので、私はこのままもう少し生きていてくれるのかな、と緊張感が緩んでいました。でもその日は突然やってきたのです。


つづく



# by chori-k11 | 2020-09-30 02:00 | ある出来事

20189月に孫が生まれて、その忙しさから少し解放された11月、母の主治医から呼び出されました。ドラマなどでも、大体こういう場合にいい展開は待っていません。覚悟して向かいました。


腹部にガンがあるようで、場所が分からないので精密検査をして欲しくてお母さんに頼んだが、検査などしなくていいとおっしゃっている。本人がそう言われるなら仕方がないが、家族さんには一応お伝えしておかないとと思って。僕としては一応検査をして、積極的な治療はしないにしても、どういう状況なのかは家族さんは知っておく方がいいんじゃないかと思って、というお話でした。

確かに私も知っておきたいと思い、その場で京都市立病院に予約を取ってもらいました。


母は、あなたがそんなに言うのなら、検査に行ってあげよう、と何とか承諾してくれました。


一度目は、まずは紹介された医師に会い、どういう検査をするかなどを話すという理解で行きましたが、主治医が送っていたのはカルテだけではなく、画像があり、いきなり、「大腸癌で、転移もあるし、末期ですね」と言われてしまったのです。


私は覚悟していたので、それほど動揺しませんでしたが、あまりにいきなりだったので.母のことが心配でした。まさか母が宣告を聞くことになるとは、想定外でした。


私は先生の言葉を遮って、先生、病気に関する詳しい事は、母は聞きたくないと言っていますので、母がいないとできないことだけ、お願いできますか?と言いました。


すると母が「私はどんな病気であっても、もう死んでもいいですから、治療を受ける気はないです。何もしないでください」とはっきり言いました。

認知症と言うのはずっとおかしなことを言っているのではなく、時々普通よりピントがあったことをビシッと言ったりするのです。医師と母でいくらかやりとりがあって、結局MRIと血液検査だけは受けることを母に承諾させました。でも積極的な治療を受けないと言う本人の意思は尊重された感じでした。

母が自分が末期ガンであると言うことを認識したのかどうかは確かめようがありませんでしたが、 母は、この時からますます認知症が進んでいきました。


後日、1人で一通り検査結果の説明を受けた後、私は余命を尋ねました。ステージ4で本人が何の治療もしたくないと言うのですから、その時はそう遠くなく、確実にやってくることになります。

医師は「そうですね。。。私の診たてでは、3月頃に何かがあって入院、そして7月かな、ただ何の治療もしないと言うのが異例なので、それがどう作用するかわからないけど」とおっしゃいました。入院こそ1ヵ月早まりましたが、ほとんどその通りになりました。

淡々と本当のことをそのまま話されるけれど、温かみのある良い先生でした。


年が明けて、何度か熱を出し、手を焼いていたケアマネさんが救急車を呼んで、母が丁重に救急隊員さんに断わる、といった出来事も繰り返しながら、2月の初めに熱を出したときは、よほど悔しかったのか素直に救急車に乗り込みました。ケアマネさんの、市立病院に通院しています市立病院に行ってください、の機転を利かした一言で、スムーズに市立病院に入院することができました。

病院まで付き添ってくれたケアマネさんは、「いいですか、熱が出ているだけでは薬をもらって返されることがほとんどです。でもそこで絶対に頑張ってください。一人暮らしで自分も見れないし家に返すのは危ない、どうか入院させてくださいと」

これはケアマネさんにアドバイスをもらわなければ、絶対にできなかったことで、プロってすごいなぁと思った出来事でした。

実際そうなのに、帰ると言われたら私は連れて帰っていたと思います。

実際に病院とはその通りのやりとりがあり、母は無事入院することができました。

でも、ガンに関して治療を望まない母は、熱が下がればすぐに退院と言われました。

どうしたものかとケアマさんと退院後のことを話していたところ、その年大流行していたインフルエンザに院内感染したのです。

病院も申し訳なく思われたのか、インフルエンザが治り次第退院とは言われなくなり、少し猶予ができました。

インフルエンザの間は面会もできず、2週間後に再会したときには母の様子は全く違うものになっていました。


つづく



# by chori-k11 | 2020-09-29 00:00